牛嶋 昌和
Masakazu Ushijima

1.はじめに


図1従来型インバータ回路
 近年,液晶テレビジョン用のバックライトなどの大型面光源には多くの冷陰極管が使用されるようになり,これに伴い電力容量の大きなインバータ回路が求められるようになった。
 従来,大型面光源用のインバータ回路は図1のように小電力のインバータ回路を多数並べることで実現されていたが,今回,ZAULaSZip as Uni-Lamp System)の開発により大型面光源用のインバータ回路システムは大幅に見直されることとなったため,我々は対応するハイ・パワー・インバータ回路(写真1)の開発を行うことになったものである。
2.ハイ・パワー・インバータ回路に要求される信頼性

 ZAULaSは多くの冷陰極管をあたかも一つの大電力の冷陰極管として並列駆動するものである。これにより,インバータ回路も一回路しか必要なくなる一方で,一つのインバータ回路で大きな電力容量に対応することが必要となった。
 電力容量の大きなインバータ回路は一般に昇圧トランスとその駆動回路を大型化することにより実現できると考えられるが,電力の大きなインバータ回路においてはわずかな電力ロスであっても大きな発熱につながるため,効率が良く発熱の少ないインバータ回路が求められる。

写真1 ZAULaS対応型ハイ・パワー・インバータ回路


図2 他励共振型の二次側回路
特許 2733817号
USP 5495405-B1
 ZAULaS用インバータ回路の基本的な構成は従来のインバータ回路と大きく変わるものではない。しかしながら大型面光源の用途が液晶テレビジョンであるところから,ノートPCや液晶モニタの場合の事情とは基本的な考え方が大きく異なり,何よりも家電製品であるところから実寿命で10年以上に耐えることが求められる。したがって,インバータ回路を含めた面光源システムは先ず安全性が高く長寿命であることが必要とされるわけである。
 インバータ回路が発熱すると回路部品を傷めることがある。その中でも特に電解コンデンサは熱に弱く,高温にさらされると寿命を著しく害することがあるところから,インバータ回路の発熱は極力抑える必用がある。大電力インバータ回路の場合,もととなる電力が大きいため,たとえ数
%のロスであっても大きな熱損失になるのである。
 次に,家電製品であるところから高い安全性が求められる。安全性の中で特に注意しなければならないのが高圧回路であり,これらの回路に接触不良や断線などがあると電力が大きいために大きな事故につながるおそれがある。そのため,大電力のインバータ回路においてはノートPC用や液晶モニタ等の用途から必要とされていた性能指標を大きく超えた高効率,高信頼性を求められるのである。

3.ハイ・パワー・インバータ回路に要求される性能

 一方,インバータ回路に要求される性能も厳しい。負荷であるバックライトシステムはZAULaSによって並列に駆動される冷陰極管の本数に反比例したインピーダンスになるために,インバータ回路の出力インピーダンスは相当に低いことが要求される。また,液晶テレビジョンのデザイン上からも,インバータ回路は小型薄型であり,さらにローコストであることも要求される。
 これらの性能の要となるのが昇圧トランスであり,これらの要求の全てを満足するためのインバータ回路用昇圧トランスを実現することは容易ではない。

4.高効率な他励共振型

 そこでこれらの要求性能を満足するための回路方式を考えると,従来のコレクタ共振型回路では効率面と発熱に不安が残るため,変換効率が良く発熱の少ない他励共振型回路が適するということになる。
 他励共振型回路はノートPC用のインバータ回路として普及した回路であり,この回路を応用して大型化していくことが最も合理的であると考えられる。これとは別に,ハイ・パワーの圧電型インバータ回路も有望であり,対応するインバータ回路の出現が期待される。
 ところで,他励共振型のインバータ回路は昇圧トランスの漏れインダクタンスを利用するものであり,トランスの二次巻線側の漏れインダクタンスと,二次側回路の容量成分とを共振させるものである(図2)。ここでいう漏れインダクタンスとは,JIS測定法におけるJIS漏れインダクタンスのことである。他に電気学会書籍で定義する漏れインダクタンスがある。JIS漏れインダクタンスとは,トランス一次巻線を短絡した場合に二次側から測定するインダクタンスのことである。
 ところで,他励共振型回路は高効率であるが,その理由は以下のとおりである。

@ トランスを小型・薄型化すると一次巻線のインダクタンスは低くなる。
A 従前のインバータ回路においては,昇圧トランスの一次巻線に流れる励磁電流は一次巻線の自己インダクタンスと駆動電圧により一義的に決まってしまうために,大きな励磁電流が流れることは避けられない。
そこで,
B 他励共振型においては二次側回路を共振させることによって,共振点付近で励磁電流が少なくなる現象が現れるが,これを利用することにより,トランス一次巻線に流れる無効電流が減り,一次巻線の銅損が大幅に減る。

 というわけである。そのようなところから,他励共振型のインバータ回路は高効率で発熱が少ないということになる。
 また,安全性についても他励共振型は有意である。これは,漏れ磁束型トランスの二次巻線を冷陰極管に直結するため,巻線の電圧がそのまま冷陰極管の放電電圧と等しくなり,巻線にかかる電圧が低くて済むものであり,またトランスの発熱も少ないところからトランス巻線の経年変化も少なくなるからである。このことはレイヤショートなどに対しても安全性も増すことにつながる。
 以上のような理由から,ハイ・パワー・インバータ回路には他励共振型の回路を採用することとなった。


5.ハイ・パワー化における問題点


図3 トランスの並列接続による低インピーダンス化
特開2005-129422
US-7141935-B1

 次に,インバータ回路をハイ・パワー化するにあたって必要となるのは素子の大型化である。大電力化で問題となるのは,半導体(N及びPチャンネルMOS-FET),電解コンデンサ,セラミックコンデンサ,カプリングコンデンサ,及びトランスであるが,この中でも特にトランスの大電力化は難しい。
 まず,ZAULaSにより冷陰極管が並列駆動されるようになったため,負荷のインピーダンスは並列駆動される冷陰極管の本数に反比例して低くなることになった。例えば,大型バックライトに使用される冷陰極管のインピーダンスは250kΩないし400kΩであるが,それでも16本ないし20本という多数の冷陰極管を束ねた場合を考えると合成インピーダンスは15kΩないし25kΩということになる。そうなると,他励共振型のインバータ回路に必要とされるトランスの漏れインダクタンスも負荷に比例した低い値が必要となる。
 ここで,ハイ・パワー・インバータ回路においては50Wなし250W程度の昇圧トランスが必要になるわけであるが,このような大電力のトランスにおいては漏れインダクタンス値を低くしようとすると,どうしても背丈が高い形状にならざるを得ない。一方,トランスの薄型化を追求するとどうしても漏れインダクタンスが大きくなってしまう。つまり,薄型であって低い漏れインダクタンス値を得るのは困難ということである。
 他励共振型の場合,漏洩磁束型トランスの漏れインダクタンスによるリアクタンスが,負荷のインピーダンスに対しておおよそ6070%程度の場合に負荷に適合し,効率の良いインバータ回路が出来る。しかし,液晶テレビジョン用のハイ・パワー・インバータ回路において,一つのトランスだけをもってこのように低い漏れインダクタンス値を得ることは困難である。しかしながら,液晶テレビジョン用インバータ回路においてはトランスを始めとして部品に求められる形状は薄くなければならないという命題がある。結局,漏れインダクタンス値を低くするには,トランスの形状は厚いものとならざるを得ないという矛盾に直面するわけである。

6.トランスの並列接続により解決

 ZAULaS インバータ回路ではこのようなトレード・オフを乗り越えるために,漏洩磁束型トランスの並列接続という手法を採用した(図3)。
 この回路はトランスの二次巻線が並列に接続されているという点が特徴である。他の回路部分は大電力に対応している以外は従来のノートPC用の他励共振型インバータ回路と基本的には変わりはなく,ノートPCで実現された高効率化・小型化の手法をそのまま大型面光源においても利用できる。
 このようなトランスの接続法を可能とするためには,漏洩磁束型トランスの漏れインダクタンス値が精度良く管理されていなければならないが,漏れインダクタンスの値は比較的安定度が良い性質があるために並列接続を目的に管理されたトランスであれば並列接続に特に問題はなく,各トランスに均等に負荷が分散される。また,並列接続した場合の漏れインダクタンスの値は並列接続した数に反比例して小さな値となるために,トランスの薄型化により漏れインダクタンスが大きくならざるを得ない場合でも,並列に接続するトランスの数を増やすことによって負荷に適合した合成漏れインダクタンス値を得ることが可能となるわけである。
 トランスをこのように接続した場合,変換できる電力は各トランスの持つ能力をそのまま加算した値になる。このようなことから,一つのトランスでは実現しにくかった大電力のトランスが複数のトランスの並列接続という手法によって容易に実現することができるようになる。つまり,面光源が大電力になり,多数の冷陰極管を並列に点灯させる必要がある場合,必要とするトランスの数を増やしていくことにより,トランスの二次巻線のパラメータと冷陰極管のインピーダンスや寄生容量の関係はそれぞれ関係を崩すことなく比例または反比例させることができるので,この原理を拡張すればいくらでも大きな電力の面光源にでも対応することができるわけである。
 一方,もう一つの着眼点として,二次巻線上に発生する進行波の速度も重要である。まず,大電力化に伴ってトランスの形状が大きくなると,二次巻線の自己共振周波数が低くなってくる。また,トランスを薄型化することも結果的に二次巻線の自己共振周波数を低くする。冷陰極管用インバータ回路において,二次巻線の自己共振周波数は昇圧に関係しており,重要な要素となっている。
 なお,このような接続法によって,トランス二次巻線の自己共振周波数は変化しないため,小型ないし中電力のトランスを複数接続することにより,高い自己共振周波数を維持したまま大電力化が図れるものである。

7.まとめ

 これらを総合すると,ZAULaSにより多数の冷陰極管が一つに統合され,一方でトランスの並列接続により複数の昇圧トランスをあたかも一つの大電力トランスのように統合することができるようになることによって,インバータ回路の大電力化が容易に実現できるようになった。つまり,大電力のインバータ回路においてトランスの電力容量が不足した場合には,その不足に見合った数量の小型ないしは中型のトランスを並列接続していくだけで,いくらでも大きな容量のトランスと等価なトランスとして挙動させることが可能だということである。またこのことは,トランスの数と冷陰極管の数を整数倍に比例させる必要がなくなったということである。これは従来の多灯用インバータ回路の概念を大幅に変えることになる。
 従来は冷陰極管の本数ごとにインバータ回路の構成をカスタム化しなければならず,冷陰極管2本ないし4本ごとに一つのトランスを必要としていたところから,冷陰極管の本数とインバータ回路のトランスの個数は整数倍に比例させなければならなかった。これがZAULaS対応型インバータ回路の場合になると,例えば,トランス5個に対して冷陰極管12本という割り切れない関係であっても良くなるということであるので,トランスの選択やインバータ回路の設計の自由度が大きくなった。


図4 エッジ・インバータ回路

 従来は面光源の種類や使われる冷陰極管の性質ごとに最適化された新たなトランスの開発が必要になっていたものであるが,新たなシステムは液晶バックライトに使われている冷陰極管の本数ごとにカスタム化されたトランス設計というものがほとんど必要なくなったわけである。それに加えて,インバータ回路から冷陰極管までの配線は自由になったため,インバータ回路のレイアウトに対する制限がなくなり,インバータ回路は面光源の裏側でも淵でも自由な位置にレイアウトすることができるようになった。
 図4は新たに提案するエッジ・インバータ回路のイメージ図である。かつて,ノートPC黎明期にはインバータ回路の大きさが大きく,液晶表示部のデザインを大きく害していた時代があった。そこに小型インバータ回路が登場することによって,現在のノートPCのデザインに落ち着いたという経緯があった。
 エッジ・インバータ回路の提案は,液晶テレビジョンにおいてもインバータ回路が同じような推移をたどる可能性を示唆しているものである。


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