調相結合トランス(高周波共振変圧器) 調相結合というのは一次巻線と二次巻線との間の結合をゆるく(疎に)した、いわゆる磁気漏れ変圧器の二次巻線側に、さらに容量性の負荷を持たせることによって二次側回路に共振を起させ、一次巻線と二次巻線との間の強い結合を起させた結合のことをいう。 調相結合トランスはこの調相結合の原理を応用し、さらに二次巻線が分布定数状の遅延回路を形成するとともに、二次側回路に共振を起こさせた共振変圧器の一種である。 これに対し、一般的なトランスは一次巻線と二次巻線との結合が強く、基本的に磁気漏れは少なくなるように設計されているので密結合トランスと呼ばれる。 トランスの一次巻線と二次巻線との巻き数比のことを変成比といい、一次巻線に与える電圧が二次側に何倍になって表れるかのことを昇圧比というが、(一般的な、または)理想的な磁束漏れのないトランスでは変成比=昇圧比となることが常識的に知られている。
しかし、実際のトランスでは必ず磁束漏れがあるので昇圧比は変成比よりも少し低くなる。 巻き数比が1:100のトランスでも昇圧比は100よりも小さい。通常は数%か多いときは5%程度昇圧比が低くなる。 そしてこれが磁気漏れ変圧器(疎結合トランス)ではこの比がうんと低くなる。 この状態のことを、一次巻線と二次巻線との結合が低い、とか結合係数kが1よりもうんと小さい、という。 ここで
昇圧比が変成比にほとんど近くなったり、時には変成比よりも遥かに高い昇圧比が得られたりする。 こういうものを共振変圧器という。調相結合トランスはその改良型である。 では、共振変圧器なぜこのような強い結合が得られるのか? それは容量性負荷の場合に生じる二次巻線下の磁束の流れ(位相)を慎重に検討すれば比較的容易に理解できると思う。詳しい説明は月刊ディスプレイの記事を参照してほしい。 |
この二次側回路を共振させると結合が強くなるという現象は昔から漠然と知られてはいたが、それを電力変換にまで応用してみようという試みがほとんどなかったのである。 歴史をたどれば、ニコラ・テスラが無線送電の実験に使った共振変圧器−テスラ・コイルの中にその痕跡がわずかに認められる。 テスラ・コイルは空芯であるにもかかわらず、その一次コイルと二次コイルとの結合が非常に強いことについて不思議な点が多いとされていた。 しかしその疑問は理論的に解消された。 テスラ・コイルの一次コイルと二次コイルとの間の強い結合は調相結合の原理で説明できると考えてほぼ間違いないだろう。 *残るテーマは二次コイルに形成される分布定数状遅延回路の解析である。現在、アマチュア研究家によって解析が進められている。 一方、無線の世界では磁束の引き込み現象はごく一般的なものであった。 ラジオのスーパーヘテロダインに使われている中間周波トランスがまさに調相結合の原理(磁束の引き込み現象)そのものを利用している。 また、アマチュア無線で自作送信機を製作した経験があれば、共振した二つのコイルを近づけると非常に強い結合が起こることを身をもって経験しているはずである。 このような共振結合コイルはRFパワーアンプのコレクタと次の段のベース入力の間に利用される。 結合を調整しようとしてコイル間の距離を近づけたり遠ざけたりするのであるが、意外なほど遠ざけても強い結合が起きて四苦八苦したものである。 また、グリッドディップメータ(FET式のGate Dip Meterも同じ)の原理も調相結合そのものである。 冷陰極管用の調相結合トランスはこのような実測や経験の集大成の結果出来上がったと言っていいだろう。
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ペンシルインバータの開発 1992年当時、カシオの事業部長から、当時流行り始めた電子手帳(今のPDAのずっと原始的なやつで白黒液晶)にバックライト照明を付けて夜間でも見られるようにしたいという話があった。 しかし問題があるという。 この当時のインバータでは大きすぎて、電子手帳のどこにも入らないと言うのだ。 唯一残されたスペースがあるがそれは、液晶と本体をつなげるヒンジの部分に直径5ミリ、長さ6.5センチのわずかな隙間があり、インバータを入れるとすればこの部分しかないと言う。 ざっと容積を計算してみたが、当時の一般的なインバータの1/8の容積しかない。 普通はこんなのできないと断るわけだが、カシオの事業部長が本気な様子なので無理を承知でやってみることにしたのだ。 早速市販のAMラジオ用のバーアンテナを使って基礎実験を始めた。 冷陰極管で実験する前に4Wの市販の蛍光灯(熱陰極管)で実験した。 結果はすぐに出た。 蛍光灯に並列に取り付けたコンデンサと二次巻線との共振を起させると細長いトランスで意外にあっさりと点灯してしまったのだ。 それに発熱もうんと少ない。ということは効率も非常に良いことになる。 こうして直径8ミリの細長いインバータの試作品ができた。 このままで10W程度の蛍光灯が点灯できることも確認した。 目標の大きさから較べるとまだ大きいが、従来の方式のインバータと較べると圧倒的な小ささである。 ちょうど時を同じくして、明拓システムという液晶バックライト(導光板)の会社からも声がかかり、共同開発が始まった。 液晶バックライトの光源には冷陰極管という蛍光管が使われていて、これを高周波で高電圧駆動しているわけだが、光の利用効率を良くするためにミラーを使って蛍光管の光を反射させている。 このミラーと蛍光管との距離が極端に近いので、蛍光管の中のガスとミラーとの間で回路図にないコンデンサが発生する。これを液晶バックライト寄生容量(俗説では漏れ電流)というのだ。 液晶バックライト寄生容量の値は10pF程度の小さなものだが、高周波で高電圧駆動する冷陰極管では影響が甚大なのだ。 明拓システムではこの寄生容量の影響に苦労していた。 当時の液晶バックライト用インバータ業界では寄生容量のことを漏れ電流と呼び、電力損失を伴うものだという俗説が流布されていて、その結果漏れ電流は邪魔もの以外の何物でもなく、できれば排除したいとだれもが思っていたのであった。 裏話をすれば、明拓システムは電気屋ではない。 電気のことはわからないからそれは蛍光管屋の責任だとお鉢を廻す。蛍光管屋は出荷時の特性の保証はするが、出荷した後の組み立てによる特性の変化は保証外であるからそれは液晶メーカーに責任を持ってもらいたいという。 液晶メーカーは、我々は液晶部分のエキスパートであるが、バックライトは下請けから買っているので自分の責任範疇ではないと言う。 こうして液晶バックライトの寄生容量問題は三者の責任たらいまわしの末、宙に浮いてしまっていたのである。 そして結局この問題は我々が取り組むことになった。 ここで我々が最初に行った実験は、厄介ものの液晶バックライト寄生容量と我々の作った調相結合トランスがうまく共振するかどうかということである。 結果は意外にあっさりと出た。 何と、液晶バックライトの寄生容量の値は、偶然にも我々の作った調相結合トランスの二次側漏れインダクタンスと共振するのにちょうど良い値だったからである。 これで自信を深めて目標の直径5ミリ、長さ6.5センチのインバータにいよいよ挑戦することになった。(技術解説は電子技術記事参照→) 開発には当時、ソニートリニトロン技術と互角に勝負できるのはここしかないと言われていた中央無線株式会社(現テクニカル電子株式会社)と、ブラウン管の小型化技術(直径数センチ)では右に出るものはいないと言われたミヨタ株式会社が協力してくれることになった。
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